砂漠の砂も思いを記憶する?

とても古い映画に

【モロッコ】というのがありましたね。

 

その言葉の響きと

映画の雰囲気に

何となく

懐かしさを感じていたのでしょう。

 

50代の前半に

私は

モロッコへと旅立ちました。

 

もう18年も昔のことです。

 

【アフリカ大陸】

と耳にしただけでワクワクしてくる

この感覚はいったい何?

 

【私が前世退行したら

アフリカが登場するかも知れませんね】

 

【表面意識では根拠のない

≪何となく≫と言う感覚には

前世の影響があると言われています】

ヨーロッパ大陸から

ジブラルタル海峡を経て

アフリカ大陸へと

飛行機で飛んだとき

 

巨大な雲の連なりに遭遇。

超高層ビルが延々と林立しているよう。

 

飛行機から様々な雲の形状を見てきましたが

この光景は初めて見るものでした。

 

底知れぬ雲の谷間を覗き見るような

不気味な感覚に襲われたのを

覚えています。

 

その時の素朴な感想です。

 

【アフリカって 雲まで違うんだ!】

可笑しいでしょ?

 

冷静になれば分かることなのに・・・

その時の気象条件が生み出した

雲の造形に過ぎなかっただけですから。

さて

待望の【サハラ砂漠】です。

 

鳥取砂丘さえ見たことのない私でした。

 

まだ夜の明けない

道なき道を

砂漠へとバスが走ります。

 

何の目印もない

道路の体裁も整っていないところを

 

ヘッドライトの明かりだけを

頼りに車を走らせる

運転手さんの頭の中には

 

砂漠への道が

はっきりと描かれているのでしょう。

ほんのりと薄明るくなった遠景のなかに

サーモンピンク色の台形が・・・

山とも丘ともつかないものが浮かびました。

 

【何だろう?】

 

まさか砂漠とは思いませんでした。

 

近づくにつれて

砂漠だと確信。

 

砂漠そのものについては

写真でのイメージがありましたが

 

普通の平坦な大地から

どんな風に砂漠に移行して行くのかを

想像さえしたこともありませんでした。

 

徐々に砂漠の風景が現れるとばかり

思っていましたので

 

突然の出現に

【え~っ?】

 

嬉しい驚きの光景でしたね。

ラクダ引きの若者に

手を引っ張ってもらいながら

やっとの思いで砂丘の頂上へ。

 

まるで山登り

傾斜もかなり急なので

1歩進むたびに半歩下がってしまいます。

 

頂上で朝日の昇るのを待ちました。

 

若者とフランス語を思いだしながら

おしゃべりをしたことも

この瞬間をいっそう輝かせてくれました。

 

戻りはとってもスリリング!

 

砂のすべり台で~す。

童心に帰ったみたいに楽しみました。

 

途中でブレーキをかけて

小さな容器に【サハラの砂】を詰めたりして。

帰国後

また波動測定です。

 

【サハラの砂】の波動は

残念ながら

大した数値ではありませんでした。

ところが

【Rose de SAHARA】

にかなり良い数値が見られました。

 

それも土産店で購入した立派なものよりも

ラクダ引きの若者が

砂の上に落ちていたものを

 

ひょいと拾って

手渡してくれた小さなものが

意外や意外、いい波動でした。

 

【部屋に飾って置くといいでしょう。

部屋の浄化に良いかも・・・・・・・】

 

因みに

 

【Rose de SAHARA】はサハラの薔薇のこと。

何百年もの間に、砂が圧縮されて固まり

薔薇の花のような形になったものです。

何百年も前の砂から出来たサハラの薔薇が

比較的いい数値だったのは

 

当時の

環境汚染が酷くなかったから?

それとも

人々の心の汚染が酷くなかったから?

 

【サハラ砂漠】の他に

 

【タクラマカン砂漠】・・・中国新疆ウィグル自治区

 

【ナミブ砂漠】・・・アフリカ南西部ナミビア共和国

 

を試してみましたが

どれもあまり良い数値ではなかったですね。

 

【ルルドの水】や【九寨溝の水】のように

すばらしい波動数値を秘めている

【砂】は存在しないのでしょうか?

 

もしかすると

流動性の問題かも知れないという

気がします。

砂は風によって移動させられているようでも

水の流れの比ではありませんから。

【サハラ砂漠】は観光地化していますので

この結果は≪さもありなん≫と思うのですが

 

秘境という言葉がまだ似合う

【ナミブ砂漠】も

同様な結果だったのは

 

流動性に欠ける砂の性質が

そうさせているのかも知れません。

【私たちの心の在り方が

自然界の水や砂に

どれほどの影響を与えているか】

 

それを知って

カルチャーショックを受けました。

 

それまでの私は

環境汚染を物理的な視点でしか

捉えていませんでしたから。

 

自分の心の在り方が

環境汚染の片棒を担いでいるかも知れない

という視点に気づかされハッとしたのです。

【水】と【砂】を巡る旅を

久しい時を経て

こうして振り返ることができました。

 

時間と言う要素が

経験を熟成させたのでしょうか。

私に

大切なメッセージをくれました。

【自分の内側の深い部分と向き合いなさい】

 

【あなたの深い部分は大自然と繋がっているんですよ】

 

【心の中が澱まずに、さらさらと流れているようにしなさい】

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

コメントは利用できません。

ページ上部へ戻る