生い立ちから、今の私を眺めて・・・

  • 2015/4/16
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見よう見まねでアメブロを始めて、半年が過ぎました。

 

≪どうして始めないんですか≫と問われて

≪何を書いていいか分からないんです≫と応えていた私。

今は、半年前の問答が信じられないくらいに

潜在意識(たぶん)から背中を押されて書くことを楽しんでいます。

≪自分が嫌いになりそうになった体験があるでしょ?

それを乗り越えて気づいたことを書くといいよ。

誰かの心が軽くなるかも知れないから≫

≪カラダの使い方を間違えて、痛い思いをたくさんしたよね。

転ばぬ先の杖になるような生活の知恵を伝えたら

痛い思いをする人が減るかも知れないよ≫

書いたブログをざっと眺めて≪あらまぁ≫と思いました。

なぜって

私、ヒプノセラピスト(催眠療法士)なんです。

それなのに、健康の記事がかなり多いんですね。

 

≪カラダ≫と≪心≫はつながっているから

当然かもしれませんけれど・・・

整体の先生が言っていました。

 

≪うつ病の人は必ずと言っていいほど、頸椎が硬いですね≫

 

首や肩が凝っていると、脳に充分な血液が送られません。

酸素が足りなければ、頭痛や頭重の症状が出るのは当たり前。

 

≪肩甲骨のまわりも固いので肩が前に出てしまうんですよ≫

 

肩が前に出れば背中が丸くなり、骨盤が後ろに倒れます。

腰痛も出てくるでしょう。

内臓が圧迫されるので食欲にも響くでしょう。

 

体調が悪くなる➡気持ちが沈む➡さらに体調が悪くなる➡

まさに負のスパイラルなのです。

 

 

 

うつ病の治療は認知行動療法がメジャーになっていますが

カラダを整えることも取り入れると効果がアップすると思うのです。

≪鶏が先か、卵が先か≫の問答では正解は分かりませんが

≪心が先か、カラダが先か≫でしたら

私は≪カラダ≫と言いたい。

 

あるいは

≪カラダ≫の調整をしながら、同時に≪心≫にアクセスする

このスタンスが理に適っているように思うのです。

 

≪心≫を扱おうとすると、いつの間にか私のハンドルは

≪カラダ≫の方向へ無意識のうちに向いていることが多いのです。

 

これは、私が虚弱児だったことに源があるような気がします。

 

私は戦中の生まれで

生後1か月のときに父が出征して、そのままフィリッピンで戦死。

4人の子どもを残して夫は33才で戦死・・・

母の心理状態はどんなだったでしょう。

考えただけでも胸が痛くなります。

 

赤ちゃんや幼い子どもというのは母親と一心同体と言われます。

 

母親が悲しければ、自分のせいだと思い

母親が怒っていれば、自分のせいだと思い

母親が何かを恐れていれば、自分も共に何かを恐れるのです。

 

私は生まれてすぐに

母が味わったであろう感情のすべて、不安・恐れ・寂しさなどを

自分のことのように感じていたのではないでしょうか。

 

 

記憶はありませんが、戦後間もないころ疫痢にかかり

私は生死の境をさまよったと聞いています。

 

それ以来、姉たちや兄は丈夫なのに

私だけが病気の問屋と言われるほど

ひんぱんに風邪をひいていました。

 

今になって分かるのです。

 

幼い私の心が≪淋しいよ、甘えたいな≫と思ったとします。

しかし

幼いながらにも、母親の多忙さを感じているので

口には出せずにその思いを飲み込んでしまいます。

 

その思いが限界に達すると

潜在意識がそれに応えて

甘えられる状況をつくり出していたのだと・・・

風邪をひけば

忙しい母でも私のために時間を割かざるを得ません。

 

風邪をひく➡母が優しく世話をしてくれる

 

このパターンが繰り返されていたようですね。

 

風邪をひくと咳がでます。

咳は肺の症状ですね。

 

東洋医学で肺は≪悲しみ・憂い≫の感情に関係します。

私が幼いころは、生活しなければなりませんから

母は表面は気丈に振るまっていたことでしょう。

 

しかし

心の奥深くに≪悲しみ・憂い≫を秘めていたはず。

推論が飛躍しすぎと言われそうですが

ひょっとすると

私の風邪という症状は母の悲しみを代弁していたのかも・・・

 

成長してから

最初の病気は慢性腎炎でした。

 

腎臓が関係する感情は≪恐れ≫です。

 

小学生のころの恐れの感情を覚えています。

≪もし母が死んでしまったらどうしよう≫という思い。

 

母は≪お産以外は寝たことがない≫と自慢するだけあって

母が臥せっている姿は目にしたことがありませんでした。

ある日

学校から帰宅すると母が布団に寝ているではありませんか。

さぁ、一大事!

 

私は8~9才くらいだったと思いますが

洗面器に水を汲んで母の枕元に持っていきました。

タオルを絞って母の額に乗せます。

 

母が熱があるのかも分からないのに

いつも自分がしてもらっていた通りにしたのです。

 

≪母に死なれるのが怖い≫ただ、それだけだったのかも・・・

こうして生い立ちを振り返って思うのは

 

私の生い立ちは

目に見えない細~い糸で

今の仕事につながっていたんだということ。

 

催眠療法士として≪心≫にアクセスしていること・・・

 

経絡超電療法を用いて≪カラダ≫にもアクセスしていること・・・

 

70年もかかってしまいました!

細~い糸の先端は

≪今、ここ≫に結ばれていたのですね!

 

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