幼いときに蒔かれた東洋医学の種に、芽吹きのときがやってきた!

  • 2015/4/17
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30代後半になったころ

私はなぜか【経絡】とか【ツボ】という言葉に

妙な懐かしさを覚えるようになりました。

 

懐かしい風景や匂いに思いがけず遭遇したとき

≪ふっと何かに包まれるような≫感覚になりませんか。

 

≪この感覚はどこから?≫

≪なぜこんなにホッとするの≫と

いつも心の片隅で感じていました。

 

自分の足あとを辿っているうちに

その思いに源があったことに気づきました。

≪そういうことだったのかぁ!≫

東洋医学っぽいことに初めて首を突っ込んだキッカケは

【経絡体操】を学んだことでした。

 

6種類のポーズで構成されています。

その中に

12経絡すべてが含まれるように考案されたもの。

 

経絡の知識がなくても

そのポーズをすれば

自分で経絡のバランス調整ができてしまうんですよ。

 

気持ちよく感じるポーズがあれば

その経絡の気の流れがいいという目安にも・・・

次に首を突っ込んだのは

健康医学社の真空浄血療法(バンキー)でした。

 

いわゆる吸い玉と言われるもの。

 

皮膚の表面は弱酸性です。

 

一方、生命活動でカラダの内側には

強アルカリ性のガスが生まれています。

 

皮膚の表面にガラスの吸い玉を当て

掃除機の原理で陰圧をかけて

強アルカリ性ガスを吸いだすのです。

 

皮膚の表面は弱酸性ですから中和されることに。

 

体内から二酸化炭素を吸い出し

同時に酸素を送り込むというガス交換の仕組みです。

 

吸い玉を当てる個所は【ツボ】が最適ですが

ツボの知識がなくても、痛みのある場所や

違和感のある場所に当てるだけでもOK。

私は、O-リングテストで

【子宮の扁平上皮内ガン】という反応が出たときに

バンキーで最後のダメ押しに成功したことがあります。

 

ガンは嫌気性細胞ですから

新鮮な酸素を送り込まれて≪これはたまらん!≫と

逃げ出したのでしょうね。

 

 

 

こうして私が首を突っ込むことの裏には

いつも東洋医学の影が見え隠れしていたのです。

 

前置きが長くなりました。

 

東洋医学の兆しは私の人生のどこに?

 

小学3年生の春に、それはありました。

 

私はゴムとび遊びが大好きでした。

家の庭で遊んでいる時、ギクッと痛みが走りました。

左ひざが腫れてきます。

 

すぐに接骨院へ。

≪ねんざですね≫の診断。

 

翌日になると

右ひざも痛くなります。

そこで初めて【多発性関節リューマチ】の診断が出ます。

接骨院から、かかり付けの医院へ直行。

太~い注射をうたれます。

カラダがカーッと熱くなったのを覚えています。

 

母の自転車の荷台に乗って帰宅しました。

 

わずか10~15分の移動でしたのに

家に着いたら、脚の硬直が進んでいて

抱きかかえられて降ろしてもらうほどでした。

 

脚は曲がったまま、伸ばそうとすると痛みが走ります。

玄関の上がりがまちで悪戦苦闘しているときに

偶然(いや、必然かも?)

天の助けが現れました。

懇意にしている近所のおじさんです。

上野さんといいます。

 

彼は甘太郎焼きの小さなお店をやっているのですが

指圧の知識があることを、口にしたのです。

彼の指示通りに

七輪の上に熱湯を入れた洗面器が用意されます。

 

そこにたっぷりの塩を入れます。

タオルを入れて、アツアツを絞ります。

 

そのタオルを私の患部に当て温めます。

何回か繰り返すうちに、血行がよくなり

少しずつ曲がっていた脚が伸びていきます。

 

30分くらい経ったでしょうか。

私の脚はまっすぐになりました。

 

痛みも軽くなり、座敷に自力で上がることができました。

そのときの母の言葉は今でも耳に焼き付いています。

 

≪地獄でホトケに出会ったようです!!≫

それからしばらくは、おじさんの指圧を受ける日々。

 

学校は長期欠席することもなく

ひと月で通常に戻ることができました。

すっかり良くなっても、1年間は毎日おじさんの家に通い

全身の指圧をしてもらいました。

 

終わると

うつぶせになったおじさんの背中の上で行ったり来たり・・・

私の体重を利用して指圧のお返しをするのが

お決まりのコース。

 

和やかな楽しい時間でしたね。

そばで、おばさんがニコニコしていた記憶があります。

のちに

母はしみじみとした口調で、このときの思いを語りました。

 

≪一生寝たきりになってしまうかも知れないと

不安でたまらなかった≫

 

≪知り合いのお嬢さんがリューマチで

寝たきりのままなのを知っていたもんだからね≫

 

≪お父ちゃんが残してくれた株を売って

高価な注射代に当てられたお蔭もあるけれど

上野さんには足を向けては寝れないほどの恩があるんだよ≫

 

まさに東洋医学に救われたといってもいいでしょう。

 

わずか9才の私の表面意識には

【経絡やツボ】の存在さえもなかったはず。

しかし

おじさんの≪何とかして良くなってほしい≫という

思いのエネルギーと、それを支える確かな技術が

幼い私の潜在意識のデータバンクに刻まれていたのです。

 

潜在意識からの導きのままに歩んできましたら

とっても長~い、まわり道になりました。

私には必要なまわり道だったのでしょう。

 

東洋医学の種は60年もかかってやっと芽吹きはじめたようです。

 

ひょっとすると、大賀ハスの種が自慢するかも・・・

 

≪わたしは2000年もかかったんだぞ!≫

 

 

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