カラダは、心よりずっと正直です

 

このところの急激な気温の変化で

体調を崩してはいませんんか。

 

気候が順調に進んでいるときでさえ

春から初夏にかけてのこの季節は

寒い間に溜まってしまった悪いものを排出しようと

カラダは動き始めています。

 

季節と高温のダブルパンチですね。

 

体調バッチリの方は、この記事はスルーしてくださいね。

 

ところで

 

体調がいまひとつだというあなたは

悩まされている症状はひとつでしょうか。

 

もしそうなら

目指す相手がはっきりしているので

対処しやすいですね。

困ってしまうのは

小さな症状がたくさんあって

生活の質が落ちてしまう場合です。

 

病院に行くほどでもないし

たとえ行ったとしても

≪自律神経失調症≫の病名をつけられて、チョン。

 

≪肩こりもあるし、首の凝りもひどくて。

手足の冷えも辛くて 眠れないんです≫

 

≪そういえばこの頃、目の疲れもひどくなって

目の奥が痛むことがあるんです≫

 

≪それに運動もしていないのに

節々が痛むのはどういうわけでしょう≫

 

≪こんなに、あっちこっちが具合悪いと

どこから手をつけたらいいのか

分からなくなってしまって・・・

私はいったいどこが悪いのでしょう≫

こういう症状は、普段の生活で

仕事も家庭もきっちりこなす人によく見られるそうです。

 

親戚づきあい、近所づきあい

同僚との人間関係など

すべてに丁寧すぎるくらい

ちゃんとしている人に多いそうです。

心が、時間に縛られて身動きが取れない状態です。

 

心が、人間関係に縛られて身の置き所がない状態です。

 

このまま放置すると、どうなるでしょうか。

当然、心のエネルギーの流れが大渋滞を起しますね。

 

行き場のなくなったエネルギーはカラダに向かいます。

そしてさまざまな症状となって表れるのです。

 

 

 

こういう状態を改善する処方箋は何だと思いますか。

 

それは【場】を変えること。

散歩で気分転換くらいではダメ。

 

非日常を味わえるような旅に出るくらいの

思い切りが必要です。

 

どこまでも続く砂の波、広大な砂漠にポツンと立ってみる。

 

轟音と共に流れ落ちる大瀑布の水しぶきを浴びてみる。

 

自分の国の文化とはまったく異なる文化に触れてみる。

 

言葉の通じない異国の人々と微笑みと身振りで会話してみる。

すると、心が解放されていきます。

 

カラダも軽く感じます。

 

カラダがもともと持っていた治癒力が目を覚まします。

 

あなたはふと気づくでしょう。

 

≪昨日まで悩まされた症状はどこへ行っちゃったの≫と。

私の旅の体験をお話しましょう。

 

もう十数年前のこと。

息子の結婚式当日までの1年間は大変な忙しさでした。

 

新居の建築やら、引っ越しやら、式の準備やらで

気の張りつめ通しでした。

すべてを終えて一週間後に

私はタクラマカン砂漠縦断の旅に出ました。

 

茫漠たる砂漠のなかに立つと、ふと妙な感覚に襲われました。

 

≪そういえば、結婚式なんてことがあったわね~≫と。

 

まるで、遠い昔を想いだしているような感覚。

つい1週間前のことなのに・・・です。

 

心の景色を

薄~い白いベールを通して眺めているような感覚。

 

この瞬間、気づきました。

≪あぁ、すっかり終わったんだ。私は自由だ≫と。

 

何も考えられないほど疲れていた頭の中がすっきりしていました。

 

私は母親の役割を脱ぎ捨てて、≪私≫に戻ったのだと思います。

社会で生きるときに

私たちは様々な役割を演じています。

 

それを≪ペルソナ=仮面≫といいます。

 

誰かの親であったり

誰かの子どもであったり

 

誰かの配偶者であったり

誰かの部下であったり

仮面というより、演じる役といったほうがいいかも知れません。

 

あまりにもたくさんのペルソナを抱え過ぎていると

自分の内面が適応できなくなります。

 

外側と内側のズレが大きくなります。

バランスが崩れていきます。

 

外側ばかり気にしていると

仮面はすぐに重くなってしまって

そのサインがカラダに出てくるのです。

 

そういうときは

誰がこの仮面を演じているのかを思いだして下さい。

 

日常の舞台を降りて

時間も人間関係も

いったん全部外してしまいましょう。

 

すると

≪私のための私≫を感じることができます。

ちょうど私が砂漠で妙な感覚に包まれたように。

私たちは

≪誰かのため≫に心の力を奪われて

≪私のため≫に生きるエネルギーが欠乏しています。

 

私のためのエネルギーがカラダに回らなくなると

さまざまな小さな症状に悩まされることになるのです。

 

カラダの症状は

 

忘れていた≪誰のためでもない、私のための私≫を

 

思いださせてくれるサインなのですね。

 

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