肝臓をいためてしまう ≪OKでない怒り≫

 

あなたは、怒りを悪いものだと思っていますか。

 

≪え~っ、怒りが良いものだなんてことあるはずないでしょ!≫

 

まぁ、これが常識ですよね。

実は

 

あなたのカラダのリズムを守るために

 

あなたの正しさを守るために

 

怒りというものがあるんですって・・・

 

ただし

どんな怒りでもOKかというと、そうでもないんですね。

なぜなら

多くの怒りは 【OKでない怒り】 になって、表れているから・・・

 

OKでない怒りは、なぜ良くないのでしょうか。

 

カラダの中で不完全燃焼を起こすからです。

 

そして、肝臓を傷めることに・・・

 

ちょっとしたことにイライラしてしまうと自覚している方は

 

≪私の怒りは、OKなのか、OKでないのか≫と

 

ちょっぴり気になったかも知れませんね。

OKでない怒りの特徴は、つぎのふたつ。

●ターッゲットがずれていること。

 

その人に原因はないのに

怒ることのできる相手に、怒りをぶつけてしまう。

 

たとえば

 

会社で嫌なことがあったご主人が

帰宅して奥さんにイライラをぶつけてしまうとか。

 

イライラしているお母さんが

いつもは気にも留めないことで

年上の子どもを叱ってしまうとか。

 

その子は≪自分は悪くない≫と思っているので

そのうっ憤のはけ口を、弟や妹に向けてしまうとか。

自分に思い当たることがないのに

イライラの感情をぶつけられた相手も

その理不尽さに怒りを感じてしまいます。

こうして

 

誰かのちょっとしたイライラが

対象を少しずつずらして

怒りのドッジボールになって、波及していくのです。

本来、意見を言うべき相手にしっかり言えていないと

ついターゲットをずらして感情を解消してしまおうとするのです。

●≪なんで? どうして?≫という言葉。

≪なんでそんなことをするの?≫

 

≪どうして分かってくれないの?≫

怒りというのは、いつも二次的な感情なのです。

 

その下には、つぎのような本音が隠れています。

 

≪寂しい≫       ≪悲しい≫

≪助けてほしい≫   ≪理解してほしい≫

≪愛してほしい≫

 

怒りは、それらのフタになっているだけ。

そうなんです。

怒りの正体は≪分かってほしい≫、これに尽きます。

 

≪分かってほしい≫から怒る。

でも

怒られたほうは余計に分からなくなる・・・

≪何を分かってほしいのか?≫に

目を向けないままにして、やみくもに怒っていると

 

OKでない怒りとしてカラダに残ってしまうのです。

 

肝臓の役割は、ご存じのように解毒です。

解毒とは毒を理解すると書きますね。

肝臓は送られてくるものをよく観察し

 

相手がなんであるかをよく理解して

自分に必要なものかどうかを識別します。

 

なので

 

怒りは≪相手を理解する≫という

肝臓の作業のジャマをしてしまう感情なのですね。

 

怒ると≪頭に血がのぼる≫というように

血液が上へ行ってしまっていて

充分な血液が肝臓に回ってきません。

そんな状態で

怒りの原因を≪頭で考える≫のは逆効果。

いったん怒りを頭から外しましょう。

それには

≪とりもなおさず寝ること≫です。

ゆっくり睡眠がとれたなら

肝臓に充分な栄養が補給されます。

すると

 

≪自分は誰に怒っていたのか≫

≪自分は何に怒っていたのか≫

≪自分をどうわかって欲しかったのか≫

 

を見つめる余裕がでてきます。

 

怒りを抑え込んでいる人の表現には

≪絶対≫や≪必ず≫がよく出てくるとか。

それは≪私の正しさ≫の証明欲求。

 

たしかに

 

怒りは、あなたの≪正しさ≫を守ります。

 

けれど

 

≪正しさと幸せは、必ずしも両立はしない≫と

自覚しておきましょう。

 

カラダにとっては

正しさばかり主張する習慣より

 

幸せを選択している習慣のほうが

 

はるかに健康的ですから。

 

追記

 

この記事を書きながらふと思いました。

 

いじめっ子の心理です。

 

いじめのターゲットにされている子どもには

思い当たる原因がないのにという場合

いじめっ子のイライラの下には

≪分かってほしい≫という欲求が

渦巻いているのかも知れないと。

 

≪お父さんに分かってほしい≫

≪お母さんに分かってほしい≫

≪先生に分かってほしい≫

大人たちは時間に追われ

心のチャンネルの周波数を

子どもの心の周波数に合わせる余裕がないのかも。

 

≪分かってほしい≫気持ちをギリギリまで溜めこんだ子ども。

 

子どもは言うべきことを大人たちにしっかり言えていない状態。

膨れ上がる自分の感情をどうしようもなくて

大人に向ける怒りを

怒ることのできる他の子どもに向けてしまうのだろうか。

道徳論でいじめをやめさせようとするのは

ピントがずれているような気がしてきました。

いじめっ子も≪いじめは悪いことだ≫と

顕在意識では分っているのでは?

 

潜在意識に突き動かされるように

分かっているのにいじめを止められない。

 

きっと自分でも自分をコントロールできずに

途惑っているのではという気もするのです。

 

 

 

 

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