ネガティブに見える出来事が後に幸せを運んでくる

 

前回のブログで、いんやくりお君の言葉をご紹介しました。

りお君が持って生まれた重度の心肺の病気や障害は

肉体の視点から見ると大変なことです。

しかし

人は肉体だけの存在ではなく

その本質は魂であるという視点から見るとどうでしょうか。

目の前の現実が別の色彩を帯びて見えてきたりしませんか。

 

魂のレベルでは

試練も貴重な体験であり、すべての出来事には意味があります。

実際に私自身の人生を振り返ってみても

不運に見えるふたつの出来事に意味があったのだと心の底から感じるのです。

 

ひとつは

幼い子どもの命を3日で奪うと言われる疫痢から、かろうじて助かったこと。

この事実を知ったからこそ

人生を見つめる視点が生まれたのだと思うのです。

≪死んで当然だったのに、生かされているのはなぜ?

きっとまだ果たしていない使命があるはず≫という視点が。

ここからサイコスピリチュアルへと道がつながっていきます。

 

もうひとつは

慢性腎炎を20代前半で宣告され、それが≪不治の病だ≫と知ったこと。

50年も昔の医療では、慢性腎炎への対処法はなかったのでしょうね。

≪出来るだけ人工透析に移行するのを遅らせなさい≫が処方箋・・・

 

医師にも成すすべがないという≪お先真っ暗≫な現実に私の潜在意識が反応します。

≪それなら自分で探しなさい。病気について詳しく学べは何か見つかるよ≫と。

 

その学びを求める道程で、実にたくさんの人生の宝ものに出会うことができました。

それは人であり、情報であり、物であったりします。

そして身体についての関心が心へ、そして魂へと移り

それらがすべてつながっていることに気づきます。

この病がなければ、現在の私は存在しないでしょう。

 

このように72年の私の人生を眺めただけでも

ひょっとしたら、こんな宇宙の法則があるのかもと思えてきます。

≪ネガティブに見える出来事が後に幸せを運んでくる≫という法則が。

 

そんな知恵を分かりやすく教えてくれるのが≪人生万事塞翁が馬≫という故事。

この話の主人公は、中国の国境そばに住む占い上手なおじいさん。

あるときおじいさんの馬が異民族の国に逃げてしまいました。

まわりが≪がっかりするんじゃないよ≫と言うとおじいさんは言います。

≪このことが幸福につながらないと限らない≫と。

 

しばらくして逃げた馬が1頭の駿馬を連れて帰ってきます。

まわりが≪良かったね≫というと、おじいさんは言います。

≪このことが災いにならないとも限らない≫と。

 

その後、おじいさんの息子がその馬から落ちて足の骨を折ります。

まわりが≪気の毒に≫と言うとおじいさんは言います。

≪このことが幸福につながらないとも限らない≫と。

 

やがて異民族の襲撃があり、国境そばの若者はほとんど戦で命を落とします。

おじいさんの息子は怪我をしていたため、徴兵されずに無事だったとさ。

 

この故事は教えてくれます。

長い目で見ると人生の出来事は何が良くて何が悪いと即断できないものだと。

 

最後に、りお君の言葉を添えておきます。

≪人間は生きのびるために生きている。

しんどいことも幸せなんだってことがわかるために地上におりてきたんだよ≫

 

≪人がここに来るのは、新しいことを学ぶためだ。

ここに来るのは魂の寄り道のようなものだ。

ここで学んだら、死んで、もとの世界に還っていく。

学ばないと次のところへ進めないんだ≫

 

 

 

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